たりぃさんの山旅

山旅を愛するたりぃさんが超軽量の道具とITガジェットを使って奥深い山域を旅します。

オイルパン「ダー」(修理日記)

オイルパン「ダー」(修理日記)

副題:気分はラリー!

 人間、何歳になっても冒険心が衰えないもので、くるまに乗ってもそれは変わらないものです。新たなアクシデントを一つの出会いととらえ、それを積極的にとらえる事によって物事がとても楽しくなります。そんな冒険の世界へ、あなたを誘います。

 この文書は,パソコン通信が全盛でNIFT-Serveが席巻していた95年初頭の95/02/18に 、今のスマホの原型ともいうべきMS-DOSマシンのhandheld-pcであるhp200lx上のMIFESエディタを用いて書いて、9,600bpsのアナログモデムカードを用いてNIFTY-Serve FICAR MES4 にアップした文書が元になっています。

インターネット勃興期の1994年から存在し1997年に日本語での展開を開始したブログの番地を無料でもらえるgeocitiesへ転載するにあたり、筆者のたりぃさんが手直しした文書です。そのgeocitiesもすでにアメリカでは2009年に閉鎖し、日本でもいよいよ21年の時を経て2019年3月末に閉鎖する事になりました。そこで、これもたりぃさんの山旅の原点でもあるので、はてなブログへ移設する事にしました。

 

Yahoo!ジオシティーズをご利用の皆さまへ
https://info-geocities.yahoo.co.jp/close/index.html

 

移設にあたり、改編するかどうか迷ったのですが、内容の文章は1997年当時のまま掲載する事にしました。なぜならこの文章はほぼ、ノンフィクションなのです。リアルな現実は、何も盛るものがないのです。その当時に感じたものを大事にして生きたいと思うのです。どうぞお楽しみください!今自分で読んでも楽しかった!僕はずっとポジティブに生きる。そう思うのです。

なお、飛ばないリンクなど最小限のものだけ更新してます。

さあ、どうぞ。

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PEUGEOT309GTI 1988

結構長い文書ですが、「みなさん、あんな事して、こんなことにならないで ね」という事を踏まえて、「ダー」するに至った過程、その後の修理過程で学んだことなどについて書いたものです。

 あらかじめお断り申し上げておきますが、この話しはあくまで「破壊ネタ」であり、「故障ネタ」ではありませんので誤解無きように。普通のプジョーはこんなことにはなりません。(それにしてもダサい題名だ...替えたいぞぅ^^;)

 なお、この文書の著作権NIFTY-Serveと筆者(たかより)にありNIFTY-Serveからの転載許可はとってあります。この文書を含めてこのページ上のいかなる文書も転載する事はご遠慮ください。

目次

オイルパン「ダー」その1 暇な連中どこへ行く

オイルパン「ダー」その2 さあパスタだ!

オイルパン「ダー」その3 気分はラリー!

オイルパン「ダー」その4 だああーーー!

オイルパン「ダー」その5 真夜中のトホダー

オイルパン「ダー」その6 さて、傷口の方は...

オイルパン「ダー」その7 オイルパン修理なんですが

オイルパン「ダー」その8 あとは取り付けるだけ!...かな?

オイルパン「ダー」その9 涙のフィナーレ

1997/5/8更新

オイルパン「ダー」その1

 あれは94年の体育の日を含む3連休の前日。ぷじょーのパワーステアリングアッシーの交換ですっかりお金の無い私は、遠出する財力も気力もなく、車でもいじってよーかなー等と考えていた寂しい夜、同じくBMW(当時で相当ボロいE30-318i)に乗り、時計やらなんやらのせいでお金のない貧乏仲間、田中(仮名)から電話がかかってきた。

 「連休どうするんだ?」「どうするかねー」「どこか行くか?」「金無いねー」「...(納得して無言;_;)」

 そこで、お金がかからなくて楽しいことと言えば..やっぱり自分達で何か作って食べるしかないなということで、

 「パスタでもゆでて食べるか?」「どうせなら川がいいな」「でも関東は天気が崩れるらしいぞ」「じゃあ雲のこない所まで北上すればいい!」「群馬!」「よし!決まった!今から行く!(^o^)」

 と言うことで、田中のお勧めの榛名湖裏の川に行くことになってしまった。

 ガソリンはカードで入れるのでタダだと思っている幸せな2人であった..(^^;

 横浜から三鷹(田中の住まい)に寄って行くため,くるまはプジョーを出すことになりました。

 当然高速道路に乗る金のない私たちは、R17ではプジョーシフトが泣くぜと思ったわけでは無いが、わざわざ正丸峠を通り秩父を抜けて田中の実家、高崎に向かったのであった。

 お楽しみの正丸峠手前のコンビニにて、「ちょっと運転代わらない?」と田中が言う。BMWは当然 AT(BMWのMTは少ない) なので,プジョーのMT(PEUGEOTのMTは多かった)に乗りたくてしょうがないらしい。(^O^/)

 しかも山道じゃあ、クロスされファイナルが下げられたプジョーのミッションはこの峠にベストマッチだ。

 本人は BMW が全てだと口では申しておりますが。(^^;)

 『えー!ここからが楽しいのにい!しかしまてよ、ここで MT の面白さを叩き込んでおけば、次は318is か M3 を本気で買うかもしれんなあー(^.^)』

 などと、最大限の妥協の努力をし、

「しょーがねーなー、今回だけだぞ」

とハンドルを握らせることにしました。

 実は彼は以前に2つぐらい前の 320i-MT に乗っていたので、「BMWは MTで乗るくるまだ」と申しておりますが、E30にはMTが無いためしかたなくAT に乗っているのでした。事あるごとに「なんでMTねーんだよおー!」と言っております。318tiも AT しかないし。316ti-MT なんて最高の BMW だと思うのですが..入れてくれ!>BMWジャパン

 ちょっと脱線してしまいましたが、無事に道のりを楽しんだ後、田中の実家の高崎に着いたのでした。精神的には山道で、物理的には仏車のふんわりシートで疲れ知らずの2人でした。

 「明日は早く起きて昼には間に合うように行くんだぞ!」と偉そうに言うくせに「ビールをくれ」とせがむ私に、田中はいっぱい嫌な顔をしながら夜遅くまで私の愚痴に付き合ってくれた。

 さて、明日は無事に起きられるのだろうか..

1996/10/15改訂

オイルパン「ダー」その2

さて続きです。いよいよパスタを食べます。あれ?表題と違うような....(^^;)そこはご愛敬。

 「キャンパーたる者、日が昇ると共に起きなくてはならない」などとほざいている私ですが、お酒が弱いくせにたくさん飲んでしまったため、起きたらなんと9時でした!屋内だったからなどと誰も聞かない言い訳をしつつ、出発。

 田中が「誰も通らない」と言う、ローまで使う県道一本西の裏道で榛名山を駆け上がり、「絶対に誰も来ない」と田中が豪語する、穴場中の穴場である榛名湖の向こう側の河原に行ってみると..

 折からのアウトドアブームのためか、はたまた田中の誇張だったのか定かではないが、全ての川縁のスペースは、他のくるま達によってすでに埋まっていた。しかもそのスペースに止めるために待っている駐車渋滞までしているではないか!(;_;)

 ここまで来ておいて、その辺の店で食べればいいやなんてお互いに言い出せない状態の中で、どん底に落とされた我々は、北上して四万温泉付近の川に行くことにし、榛名山を駆け下り、R353をすっ飛ばしていったのでありました。もう1時ぐらいだった。

 あーあ、このとき素直に帰っていれば...(^-^;)

 快適なR353から、行き止まりである四万温泉の直前で左に折れた所にある新湯川。夏はさっぱり降らなかったくせに、ここぞとばかり降った雨のおかげ で、路面も河原も荒れていた。しかし崩れたところから流れている小さな滝の水はとても冷たくて美味しかった。こんな綺麗な水で作ったらパスタも美味しいだ ろうなー。そんな事を考えつつ、路肩にくるまを止めて水を組み、少し先の崖から河原へと10m程下った。予想通り河原の流れは代わったばっかりの様相を見 せており、二人でも抱えきれない程の大きな木が、5・6本なぎ倒されている、野蛮とも言える河原がそこにあった。

 『これが地球の力か。我々人間はこの大きな力を持っている地球の上に生きているんだ。そんな地球に逆らえばどうなるかは、歴史が多くを語っている。大切にしないといけないな。』

 などと田中に言うと、「いやだねー、酔っぱらいわ!」と軽く一蹴りされてしまいました。(^.^;)

 私はイタリア製激安ワインest!est!!est!!!(400yen)のせいでヘベレケ状態だった。(^^;)

 「野外だとペペロンチーノがいいな」と言う私の言うことなど聞かず、田中の独断と偏見により、めんたいこスパゲッティを作ることにした。

 「じゃあ次はペペロンチーノね」と譲ってしまう私は小心者なのでした。(^^;)

 そこは誰も来ない、静かな所だった。ただひたすら川の流れのみが豪快に聞こえる。上を見上げると山の緑と空の青さのみ。話しているのは鳥の声と私たちの 声のみ。ここには普段の生活で生じるわずらわしさは少しもない。ただ、地球っていう最良の友達が大きく存在しているだけだ。

 『地球ってこんなに綺麗だったっけ?』

 山形の山奥で育ちながら、しばらく東京の文明社会の中で暮らしている私は、もう地球の良さを忘れていたようだ。

『僕はなぜ東京に出てきたんだっけ?』

『僕はなんで田舎を捨てたんだっけ?』

 『この一見何もないような自然がいやでしょうがなかったんだっけ?』

 地球の美しさを再確認しながら、私は自分の今の立場の根拠を説明することが出来なかった。ただ、何かが私の中で変わってしまったような気がした。

 そんな綺麗な環境で食べるめんたいこスパゲッティが美味しくない訳がなく、600gもゆでたスパゲッティーニは、すぐに平らげてしまった。そして安ワイ ンを一人で飲み干してしまった私は、田中の引く心地よくないハーモニカの音など少しも耳に入らずにうとうとしていった..(-.-)..zzz

 遅くに出てきたため、もう時計の針は4時を回っている。10月は日が沈むのがだいぶ早くなってきている。急いで荷物をまとめあげ、くるまに積み込むと、有無を言わさずハンドルは田中に交代することにした。私はヘベレケ状態だった。(^^;)

 その田中だが、何を思ったのかそのまままっすぐ行って六合村に抜けようという。

 「こんな路面でプジョーでは無理だ。やめよう。」という私。

 「大丈夫だよ。無理しないし、ちょっと乗りたいんだ。」とだだをこねる田中。

 ヘベレケ状態で気分のいい私は、”(プジョーに)乗りたい”という田中に「乗るな」とは言えず、それにヘベレケ状態の私を前にして、「いいんだよ別に。俺は歩いて帰るから。」などとほざく。(^-^;)

 「よし、おれがナビをやるから行こう!(^O^/)」

 気分のいい私は、”気分はラリー!気分は名ナビゲーター”とばかりに、事態を積極的に見て、楽しむことにしたのでした。

 思えばこれが間違いの始まりだった..(;_;)

 などと期待させつつ、次回へ続く!

  =なかなかくるまがでないなあ^^;=

TS [ With Peugeot 309GTI * 野外食推進委員 * From Yokohama-city ]

1996/10/15改訂
 

オイルパン「ダー」その3

 やっとくるまが「ダー」に向かって走り出します。安心してください。(笑)

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PEUGEOT309GTI

 群馬県四万温泉より六合村までのびる林道は、距離にして約10キロ。その道は地図に乗ってない(暮坂峠ではない)。道のりはその2倍は堅いだろう。現在4時すぎ。日はまもなく落ちると思われる。

 「よし!出発!」

 こんな状態なのに元気良く出発した。おいしいお酒と楽しいくるまがこういう気分にさせてしまったのだろうか。砂利道は時折通るくるまのおかげで大して荒れてはいなかった。プジョーサウンドを山々にとどろかせる程スピードが出ないが、2速でバリバリ走れるほどだ。見通しがあまり利かない山道なので、ヘッドライトとフォブランプを点灯させ、対向車に注意を促しながらの走行となる。途中、結構な台数のくるまとすれ違った。道はどちらの方向にすすんでいるかさえも分からないというのに、なぜかそんな対向車に安心し、順調にくるまを進めた。

ところが道を進めるうちに、どんどんひどい道が現れ始めた。普段は無いのだろうが、折からの豪雨のために砂利が流れてきて10cm程盛り上がっている土の山が目の前に現れた。とりあえず停止。1速でそろそろと抜ける。

ガリ!”

どこか擦ってしまったようだ。前輪が山を越した後だったので、触媒か何かだろうか。降りて下回りを覗いたが、特に破損は無いようだ。そういえば以前にラリーストの方に言われたことがある。停止して1速で抜けるよりも2速で抜けた方が擦らないと。それから、山なり溝なりに合わせて左足でブレーキを踏んでサスの動きを上手に制御してやれば穴だって抜けられるとも。そんなことを思い出していたが、ハンドルを握っているのは私ではなかった。それに同じ操作を昔乗っていたマーチでやったときは、タイミングをはずしてしまい、見事にオイルパンをヒットした実績を持っている。(^^;)

 道を進めるとさらに左3分の1ぐらいの路肩が少し崩れている所、上から落ちてきたと思われる10cm^3ぐらいの石。5cmはえぐれている轍。予想以上 の障害物が私たちを待っていた。土はまだいいが、石と轍はまずい。私は良くヒットして壊れやすい所を考えていた。聞いたことがあるのは、オイルパン(実証済み)・触媒・マフラー・ブレーキラインだ。この中で一番まずいのはやはりオイルパンだろう。ブレーキラインもまずい。私はプジョーのオーナでありなが ら、最悪の事態は避けられるように、車体の中央と前輪軸の交わる点に石や轍の山を乗せないように指示した。

 「マフラーと触媒は落ちても帰れるからね。」

後で考えたら、ガソリンタンクも結構やばい事を思い出したのだが...

 無論、ハイドロシトローエンならば、レバーをかちゃっと操作するだけでいいのは言うまでもないだろう。これに懲りてBXでも..だが他のところが危ないという話もあるかもしれんなー..(^^

 私たちはお互い声には出さなかったが、とても緊張していた。路面の状態を読むのに夢中だったのだが、気がつくと日が落ちかけていた。日が落ちたら方角は解らなくなる。先程から天気が崩れてきており、星空は望めないからだ。対抗車もぐっと減ってきていた。

私は本当は「恐いな」と言いたかった。心の中では何かにすがりたい気持ちだった。しかしこんな時に恐い等と言っても、ますます不安を募らせるだけだと思い、ライトで照らされた路面の情報を読み上げるのに必死だった。

 田中も同じ思いだっただろう。なぜ私がそんなことが解るかと言うと、無謀な旅は今回が初めてでは無かったからである(^^;)。実はこの時には、半分楽しんでいたりもする。冒険心をくすぐる数々の困難、それを自ら解決する喜び。しかし今回ばかりはそれもだんだん減少していくのが解った。

 少し開けているところに出たので、休憩することにした。外に出るとものすごく冷え込んでいた。一応寝袋やらテントやらは積んでいるが、食料は全部たいらげてしまった(^.^;)ため、ゼロに等しい。米すらない。

 ここで田中にプジョーのオイルパンが普通の車よりも低い位置にあることを実際に眺めさせた。1.9lというちょっと中途半端で車体の割に大きめのエンジ ン、XU9ユニットはとても大きな熱を発する。しかも全てアルミで出来ている。そしてそれを冷却するために5lものエンジンオイルを必要とし、当然そのオイルを受けるためにオイルパンは巨大化する。そしてさらに冷却効果を上げるために、オイルパン後方が斜めに張り出した格好をしており、さらに空冷エンジン のような冷却フィンが切ってある。そしてその材質はと言えば、軽量化のためオールアルミ化されている。おかげで1tを切る重量となっており、FFスポーツカーとしての条件の一部を担っている。だが、アルミは鉄に比べて非常に高い。何でも加工しにくいからだと聞いたことがある。しかもプジョーのことだ。容易に高額であることが予想された。

 ふと前方に看板があったので、地図かな?と思い見に行くと、”熊に注意!この林道で起こった事故については責任を負いません”とある。その下には、どのような熊が生息しているかの解説が書いてある(^-^;)。

 私たちは無言のままうなずいてプジョーに飛び乗った。冗談じゃない。熊になんか襲われて死にたくはない。

「さあ頑張って行こうか」

言葉では張り切っているが、その口調は重々しいものだった。なぜならこの先がどうなっているのか予想できないからである。当初の予想では10kmなので1 時間ぐらいで着くだろうと思っていたからだ。もうすでに2時間は走っている。ここまで来ておいて、引き返すとなるとさらに2時間走らなくてはならないの だ。

 『後何時間かかってもいい。無事に帰れれば。』

 そんな事を考えつつ、ふとトリップメータを見ると350kmとなっていた。350km!?目を疑った。ガソリン残量などすっかり忘れていた。そういえばこのくるまのガソリンメータは200kmぐらい走ると一気に空付近まで振れてしまい、本当に空になる間際になってやっと警告ランプが付くんだった。ハンド ルを握っているBMW乗りの田中が、そのようなけったいな動きをするメータの性格を知る由もない。

 「これだからフランス車は..」そんな声が聞こえて来そうである。(^^;)

TS [ With Peugeot 309GTI * AT-Clone * From Yokohama-city ]

1996/10/15改訂
 

オイルパン「ダー」その4

 さあ、いよいよです..(;_;)

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ガソリンの残りが無いのは忘れることにして、もう真っ暗になった路面を精いっぱい目を凝らしながら走った。道は下りになってきたので、もうすぐ着くだろう と思った矢先、少々飛ばしぎみで進入した左コーナーを抜けたとき、ど真ん中に15cm3程度の石が。「あ!真ん中はダメだ!」とっさに田中はハンドルを 切ったが、

「ゴリ!」

いやな音がした。林道であるため、完全に避けきれることは出来なかったが真ん中は避けただろうと思いたかった。一応くるまを止めて、下回りを覗く。暗いの で良く解らないが、オイルが漏れている形跡はないようだ。音がちょっとうるさくなっているので、触媒か何かに当たったらしい。よかった。

 しばらく行くと道が平坦になった。そろそろ一般道に出るかな?と思ったとたん、また登り始めた。しかもだんだん薮のような様相を見せ始めた。道は合っているのだろうか。同じところをぐるぐる回っているのではないか。あせりと戦いながらも、賢明に登って行くのであった。

再び下りのコーナを抜けたとき、またもや石が真ん中に!しかも轍が深くてとっさに避けるのはきつそうだ。田中が叫んだ。

「どっちに行く!?」

私はとっさに「まかせる!」と叫んだ。どちらによけてもよけられないと思ってしまい、頭で判断する事が出来なかった。田中は右にハンドルを切った。しかし轍が恐くてあまり寄れなかったようだ。今度はさっきよりも真ん中に近いように思えた。もうすっかり暗くて良く見えないが、オイル漏れは見あたらないようだった。

 もう日はどっぷりと沈んでいた。都会の夜空になれた私の目には、この六合村付近の山々の黒さは異様とも思える程であった。真っ暗である。雲が出ているた め、月の明かりさえも見えない。暗闇がこんなに恐いと思ったことがあっただろうか。その黒さの広がりは、そのまま地球の広さとなって私の心に押し寄せて来た。その全てが恐怖であった。

 それから30分程走っただろうか。道が広くなり、ダンプカーが通った跡がある。しばらく行くと何やら解らぬが施設の看板なども現れ始めた。

 どうやら無事に帰ってきたようである。しばらく走るとR405に出た。とうとう六合村に出ることが出来たようだ。

 警告ランプも付いていないし、メータも正常である。(^^V)

「良かったあー!」

本気でそう思った。後はしばらく走れば帰ることができる。砂利道になれた体にとって舗装路はまさにレールの上を走っている電車のごとく楽チンで楽しかっ た。前にBMW325I(E36)が走っている。そのくるまは気合いを入れて走っていたようだったが、今までのうっぷんを晴らすがごとく、田中はプジョーにムチ入れてBMWをぶち抜き、「MTは楽しいなあ」

等と言いつつ今日の朝と同様にプジョーを堪能して楽しく走っていた。

 さっきまでの恐怖感なんて吹き飛んでしまったお気楽な2人であった。(*^^*)

 ほとんど通らないR405を快適にすっとばしていると、なにやらランプが付くという。良く見ると、右コーナーを激しく回ると”STOP”というランプがほんの少しだけ点灯する。

 ”STOP”の意味を知らなかった私は、ブレーキかエンジンオイルの警告灯だろうと思い、点検した。が、真っ暗闇の中で点検した限りでは何処も漏れていないようだ。

 「何処も漏れていないので、大丈夫だろう。心配しないで行けるだけ行こう」

 ということになり、しばらく走っていった。5kmぐらい走っただろうか。R292の旧道に出た。

 しかしそのとき田中が前よりも激しく点灯すると言う。ちょっとしたスペースがあったので、もっとしっかり見ることにした。明かりの下に移動し、エンジン下を覗いた。

 「あああー!!!」

オイルパン部分からオイルがぽたぽたと漏れているのが見えた。傷の程度は解らないが、小さい傷ならばガムで修理できることを思いだし、とりあえずエンジンを止めてみることにした。

「ブルン、プスプス」

しかしどうだろう。さっきまでぽたぽたといった程度だったオイルは、エンジンを停止した瞬間、一気に

「だあー!!!!!!!!!!!!!」

と流れ出た。まさに息も付かぬ間だった。20秒ぐらいで全部抜けきってしまった。傷はすばらしく深いようだった。暗い中、賢明に探っただけで、3cmはざっくりと横に切れているようであった。実はオイルを5l積んでいたが、修復は難しいと判断するほかなかった。

 エンジンがかかっている時には、オイルストレーナが高い圧力でオイルを吸い上げているため、落ちてきたオイルはパンにはたまらず、そのまま吸い上げられ るようだった。今にして思えば5lもオイルを積んでいたのだから、エンジンを止めずに足しながら帰れば、何とか高崎まで帰り着けたかもしれなかった。だが もう遅い。全部抜けている。ジ・エンドであった。(;_;)

アンダーガードもつけた方がいいな!」

「今度はオイルパンを積んでおかなきゃ!」

 くるまが夜に山中で止まったと言うのにのんきな会話である。だがしかし、こんな時に「どうすんだよう!お前のせいだぞ!」などと言い合っても何も解決しないことを少しは知っていた。私たちは無事に林道を抜けたんだし、まだ7時そこそこだ。こんどはここから帰ることを考えなければならない。

 事態は前向きに考えなければ、自分自身の首を絞めることになるだけだ。

 我々はのんきな会話をしつつも靴の紐を締め直し、リュックに必要なものを積め込み、トランクから懐中電灯を取り出した。この周辺は真っ暗だが、今来た途中に温泉らしき建物があったのを覚えている。そこまで行って電話を借りなくては。

 オイルをゲロし、泥にまみれたプジョーの後ろ姿はなぜか寂しそうだった。だが、『すぐに戻ってきて運んでくれるのを信じてるわ』と言っているようだっ た。『待ってろよ。すぐに戻ってきてやる』そう心の中でつぶやきながら一度だけ後ろを振り返った。なにか良く解らないが、私の心は何かなつかしいような気持ちだった。

街頭が一つもない山の中の道を、懐中電灯だけを頼りに歩く。その暗闇が凄く恐いことを再確認しつつ、てくてく歩いていった。しばらく山歩きをしたことが無かったので、何か久しぶりで嬉しかった。

「歩くのって楽しいな!」

 「くるまを壊したおかげでこんな楽しい気分になったんだね」

 などと負け惜しみとも言えることを話していたが、半分は本気だった。(^_^)

 明かりは見えない。道行くくるまは猛スピードで通り過ぎる..

 現在7時ちょっと過ぎ。この暗闇の中から無事帰れるのだろうか。

TS [ With Peugeot 309GTI * 山歩推進委員 * From Yokohama-city ]

1996/10/15改訂

オイルパン「ダー」その5

 あっけなく「だー」してしまい、止まってしまったプジョーを置いて夜の暗い山中を歩く。さて、どうやって帰ればいいのだろうか。

 10分ぐらいR405を歩くと、崖の上に民家の明かりが見える。しかしたっぷり5mはありそうな崖である。しばらく行っても道はなさそうなので、崖を 登った。工事中の崖で簡単に登ることができた。『昔小さい頃、こういうところを登ったっけなー』自然がいっぱいの田舎で育った私にとって、こんな崖は何て こと無かった。(^_^)V

 数件の農家がある部落だった。無論こういう部落の家には呼び鈴がなく、ドアに鍵はかかっていない。田舎の家の例にもれず、ギギギギとしか空かない木の玄関のドアを開けたつもりが物置小屋のドアだった。(^-^;)

 田舎の家は広くて入り口がたくさんあるのであった。(^^;;;;

 気を取り直して違うドア空け、「ごめんくださあーい」と叫んだ。居間の方からおばちゃんが出てきた。最初は知らぬ者が来たため不機嫌そうな顔をしていたが、事情を説明すると快く電話を貸してくれた。

 JAFに電話すると、今車が出払っていて少し時間がかかるという。夜間は特別料金だとも言う。確か3万円ぐらいで、高崎からくるので、往路分も請求さ れ、さらに値段はかさむと言う。ちなみに高崎から六合村まではたっぷり70kmはある。JAFによれば、「けん引は5km、やっても10km ですよ」と 言われた。ガビーン

あんな山の中の国道沿いにくるまなんかに置いていたら何をされるか解らない。電話を切り、おばちゃんに事情を話すと情報を教えてくれた。

「そういえば、今年の春にでっかい自動車修理工場が出来たんだよ。ほら、R292に出てすぐの所だ。」

 私たちはその修理工場を訪ねることにした。おばちゃんに礼を言って、電話代を置いていこうとすると、おばちゃんが「いいんだよ」と言って受け取ろうとし ない。こちらとしては突然夜中に変な若い者2人が押し掛けて、長々と電話を借りておじゃましたというのに、電話代も払わずには帰れない。

「いえ、たった100円ですから」

という我々におばちゃんは強い口調で

「いいからいいから。困ったときはお互い様だ」

と言ってくれた。

 ”困ったときはお互い様だ”なんて言葉を聞いたのはひさしぶりのような気がした。困っている人がたとえば東京の町を歩いていたとしても、だれも見向きも しないような都会の冷たさが嫌いだったはずの私は、いつのまにかそれがあたり前だなどと思うような心の冷たい人間になっていたようである。こんな何でもな いような事でも目頭が熱くなってしまった。(+_;)

 『くるま壊して良かった!』

 本気でそう思った。(^_^)

 人間性を取り戻す?私もすっかり(ネガティブな意味での)都会人と化してしまったようだ。しかし、これは都会人と化してしまったから思う事であり、田舎で生活するにはとても煩わしいものとなる。隣人付き合い、田舎生活でこれほど避けて通れない煩わしいものはない。理想を突き詰めるとそれは無駄なものでし かない。この世に理想郷などあり得ないのだ。

 再び暗い山道をてくてく歩くと、探さなくても解る程大きな自動車修理工場があった。くるまの少し先だった。

 だが休みだった。(^O^;)

 三連休なのでどこかへお出かけしているようだった。(;_;)JAFを呼んでも時間とお金だけがかかり、しかも町工場に運んでもプジョーのオイルパンを取り寄せ、試行錯誤して交換しなくてはならない。しかもこんな遠くの山奥まで何回も足を運ばなくてはならない。

 結局田中の知り合いの元ラリースト、小峰さんにお願いして何とかしてもらおうと言うことになり、ヒッチハイクをして帰ろうということになった。今日は3連休の初日だ。まだ2日ある。なんとかなるだろう。

 実は一番のネックになったのは、3万+α(たぶん5万ぐらい?)というJAF費だったのは言うまでもない。元々お金がないから外でお食事しようと出かけてきたのであるのだから。(^^;)

 夜中に怪しい兄ちゃん2人組が山の中の真っ暗な国道で、突然出てきて手を振ると、強盗か当たり屋に見えるのだろうか(^.^;)。通り過ぎるくるまは皆 一様にアクセルを吹かし猛スピードで通り過ぎていく。これでは帰れないので、田中が道路の真ん中に両手を広げて”止まれポーズ”を作り、強引にくるまを止 めた。ハイラックスサーフに乗っていたお方は、まるで見てはいけないものを見るような目つきで私たちを眺めていて、ウインドウを降ろしてはくれなかった。 私たちは帽子を取り頭を下げてウインドウを下ろしてもらえるようにジェスチャーした。それでも疑った目であったがウインドウをほんの少しだけ下ろしてくれ、私たちの事情を話したところ、快く(しかたなくかな?)乗せて頂だけることになった。くるまが故障で止まることが珍しくなってしまった、ここ日本においては、ヒッチハイクは意外と大変なようである。

 聞けば写真関係の仕事で良く通るそうであり、このように人を乗せたのは初めてで、とてもびっくりしたと言う。止まってくれたお礼を何度もいいつつ、私は それまで張りつめていた緊張感がゆるみ、少しうとうとしていた。このハイラックスというくるまは私のプジョーよりもずっと静かで快適であった。この方はよく山に(写真を取りにだと思う)行くのでRVカーは手放せないと言う。都会で普段目にするRVカーの大群を見ていると、「こんなもんいらん!」とつい口調を強くする私であったが、本当の使い方をする上では否定する要素は見あたらないと思った。高い車高、頑丈なバンパー、強力なライト、これはは山道を走破す るに必要なのだなと痛感した。都会と(レジャーの)自然が物理的にも時間的にも離れていない日本のくるま生活事情(それ自体は経済社会発展上、致し方ないと思っている)を考慮すると、都会で走っているRVカーへの見方を変える必要がありそうだと思った。RVカーを購入する方達の主な使用目的が山道だということを信じて。(私は信じたい!)

 JR吾妻線長野原草津口駅にて、お礼の1千円をおいて降りた。先のおばちゃん同様、礼金を断られたが、無理して止まってもらった手前、どうしても渡さ なくてはならなく、私は無造作に椅子の上に1千円札を放り込むとドアを閉め頭を下げた。名前も電話番号も聞きませんでしたがありがとうございました。もし この文書を読むことがありましたら紙面(電面?)にてお礼申し上げます。m(_ _)m

 駅に着くと8時前。時刻表を見ると8時47分が最終と書いてある。1時間程待つ事になる。しかしもう安心して帰れるのだ!

 鈍行の(私は汽車と呼ぶが)電車は2時間かかって高崎に着いた。ひさしぶりに乗った山道の鈍行は、山形で乗っていた仙山線を思い出させた。(落ち葉でス リップや、93年の崖崩れで有名)途中で待ち合わせのため5分停車などがあると、まさに鈍行って感じであった。いいなー、今度は鈍行の電車で旅をしようっ と!駅弁でも食べながら!(^Q^/)

 家を出るとき、「ボロいフランス車だから途中で止まるかもしれないな。定期券でも持っていくか。」などと言っていた田中。だが、明日は本当に使うはめになりそうだ。

 マーフィーの法則おそるべし!(^^;

 私には一つ重大な懸念事項があった。そうです。10月末と言えばフレンチブルーミーティングがあるではないか!絶対行くぞと心に決めていた私は落ちついて眠ることもできなかった。

  次はいよいよくるまの引き上げと修理です。

TS [ With Peugeot 309GTI * 田舎的生活推進委員 * From Yokohama-city ]

1996/10/15改訂

オイルパン「ダー」その6

 無事電車で高崎に帰れることになったが、FBMに向けて早急に修理しなくてはならないので、修理をどうしようか悩む私。しかもそういう時に頼りになる、お金というものがほとんど無い私たちであった。(^^;)

さて11時にもなろうかという頃、高崎に着いて田中のマミーに迎えに来てもらった。根堀葉堀くるまの故障について聞いてくるマミーに対し

「ちょっと動かなくなっただけだ。フランス車だからね。」

と説明する田中に、賛同していいんだか反論すべきか迷ったが、余計な心配はして欲しくないのでそのままにしておいた。

 こう言った妥協した姿勢が、"フランス車=壊れる"と思う人を増やすのかもしれない。プジョーはジャブは多いけどストレートが決まる事は滅多になりので念のため。

田中の知り合いの小峰さんに相談すると、知り合いのレンタカー屋からセーフティローダかトラックを借りて取りに行こうということになった。知り合いなので安く借りられるとのこと(^^/)。

 翌日伺ってみると、セーフティは無いとのこと。しょうがないのでトラックで行くことにした。そしてまたまた六合村へ。山道なので楽しいかなーと思ってい たら甘い甘い。トラックのサスって、とりあえず付いていますといった程度で、衝撃も何も吸収してくれない。そしてシートは平べったくて、表面も中身も堅く て、すわり心地がどうこうというレベルのものではない。しかも三人掛けなので、ものすごく窮屈で、10分もすると腰に激痛がはしり始めた。トラックすべて がこんなのでないことを願いたい。

 プジョーは昨日と同じ場所にシュンとなってたたずんでいた。昨日走った林道はやはり凄かったみたいだ。暗闇では見えなかったが、未だかつて見たことが無いほど汚れており、どう見ても捨てられているようにしか見えなかった。(;_;)

 ここで、はしごを使ってトラックに乗せる訳だが、何せエンジンをかけられない。惰性で乗せようと思うが無理だ。そこでエンジンオイルを入れ直後にエンジ ンをかけ、素早く乗せようということになった。結局1L程入れたオイルは全て流れてしまったが、乗せることができた。セーフティーローダーだとウインチで 引っ張るから楽だけどしょうがない。お金には代えられない。

だが車高の低いプジョーがここでも仇になって、触媒をガリガリ擦ってしまった。プジョー309の触媒は低い位置に付いている。まあ、元々触媒が付いていな いくるまだから仕方がないか。もっともその分だけ床が低くて室内が広いので納得するしかない。触媒が壊れたら交換すれば良いが、室内の狭さは交換しても直 らないのだから。

 やっぱりハイドロシトローエンかなあ..(^^;

帰りの道のりも腰痛を促進したのは言うまでもない。我慢に我慢を重ねて2時間。高崎へと着いた。さてこれからが問題である。ジャッキアップして下回りを覗 くと思いの外ひびが入っている。前記した3cm程度の横ひびに加え更に2方向にひびが入っている。これでは溶接は難しいかもしれない。それで、部品を購入して自分で取り替えるという方法を取ることにし、さっそく西武自動車横浜営業所の部品係の方に電話すると、「5万5千円です。」とのことだった。5万5千 円!何度も言うようだが、パワステアッセンブリーを交換してお金の無い私と、時計などを買ってしまいお金のない田中が外で安く食事しようということで出かけてきたので、ここで5万5千円と言われても困ってしまう。

「じゃあ結構です。」

さびしく受話器を置いた。

 ちなみにこの時聞いた話によると、XU9のオイルパンは BX や他のXU9搭載車で共通だそうだ(当たり前か)。だが、エアコンの有無によってブラケットが付いている物と付いていない物があり、西武で売ったものは全 てブラケット有りだそうだが、ARJで入れた前期型309はブラケット無し(つまりエアコン後付け)かもしれないとのこと。だが、実物を見てみると前期型 309GTIのはブラケット有りの物だった。みなさんのはどうでしょう?

 困った私たちは、小峰さんの知り合いの自動車整備工場を訪ねることにした。そして溶接が出来るかどうか聞いてみた。輸入車はやったことがないが、やって できない事はないとの事だったが、アルミと聞いて表情が変わった。国産では珍しいと言うアルミは熱による縮みが激しく、たとえ問題箇所が溶接できても、回 りの部分が割れるかもしれないとのこと。しかも全体も縮むらしい。それに加えて三方向に3cmぐらいずつひびが入っていると言うと、成功する確率はほとん どないということだった。出来ればやりたくないという。失敗するのが関の山だからだろう。

 もしここで失敗しても溶接代は払わなくてはならない。それでもって5万5千円を払い、西武から部品を買わなくてはならなくなる。だが成功すれば、破格の値段で直る。

さあ、あなたならどちらを取りますか?

私は有無を言わさず

「お願いします」

と言った。人生ギャンブルである。(^.^;

 林道に入った時点でもうすでにギャンブルなのであるから、これしきのことはもうなんてことない!(^O^/)

 言い方を帰れば、積極的だと言うことだと思う。壊れるかもしれない、お金がかかるかもしれない、などと心配していたら、本当に楽しいくるまには乗れない。等と言う私はすっかりフランス車(の一部)にはまっていると思うのだが。(^^;

 所詮未来は自分次第なんて言ったらかっこ付けすぎですねえ。(^^;;;;;;;;;;

 オイルパンは来週持ってくる事にして、工場を後にしたが、もし部品を買わなくてはならなくなった時の事を考え、もう一軒の小峰さんの知り合いの工場を訪れ、個人輸入のアドバイスを伺う事にした。そこはたしか伊香保の近くの山奥にあり、ポルシェが捨ててあったり、イタリアのV12エンジンが落ちていたりする変なところだったが、オーナは面白い人だった。

 フランス車の部品はあまり流れていないとのこと。アメリカやイギリスからなら部品がたくさん取れるが、フランス物のパーツはメーカから取るしかないし、 取れたとしてもたいして安くないとのこと。それにフランス車はめんどくさいので嫌だとも言っておられた。なぜかと言うと、フランス人ってのはフランスの (物の)良さ程、評判が良くなかったりするからであった。

 (自給自足が出来る農業国だから、つまり排他的ってことですかね。)

 溶接を期待しつつ、もう時間が無いので、今回は東京に帰ることにした。

 次の週は高崎に来て、オイルパンを取り外さなくてはならない。FBMに間に合うのだろうか。溶接は成功するのだろうか。そんなことを考えつつ、またも鈍行に乗り東京に帰る”楽しい”貧乏2人組であった。

 次回はオイルパンの取り外しと溶接の結果やいかに。

TS [ With Peugeot 309GTI * 冒険的人生推進委員 * From Yokohama-city ]

1996/10/15改訂

オイルパン「ダー」その7

 さて今回は、オイルパンをはずして持って行かなくてはならない。

 『オイルパンなんてネジはずすだけだよなあ』

 無知だけど好奇心旺盛なだけが取り柄な私であった...

 翌週の10/15、田中のBMW318iで高崎へと行き、オイルパンの取り外し作業に取りかかった。ネジをはずすだけだと思っていたが、これがまた大変 であった。自動ねじ回し(コンプレッサーかな?)は勿論なく、リフトもない。ジャッキアップして、寝ころんで上を向いての作業となる。腕が吊りそうだ。しかもネジは20本は軽くある。おまけにエアコンのコンプレッサーをはずさないといけないときている。このコンプレッサーが重いのなんのって。片手で支えられない程ずっしりと重かった。『これをはずしたら、軽量化に貢献するだろうなー』と考えつつも、パイプの取り外しとかが大変そうなので今回はやめた。コン プレッサーがいかれた暁には取り外してやろうと思っているのだが。(^^;;;

 四苦八苦しながら2時間ぐらいかけて取り外した。オイルまみれ、土まみれであったが、私は一人感動していた。何にかって言うと、自分のくるまのクランク シャフトやフライホイールやピストンなどを見たのが初めてだったからである。バイクのエンジンしか見たことがなかった私は感動していた。軽いと言われるプジョーフライホイール。比べるものがないので良く解らないが、実物を見たのは初めてだった。それからオイルパンの内側。通常、下抜き(ドレインボル ト)では完全に抜けきれないという話を聞くが、XU9ユニットのオイルパンは、ドレインボルトに向かって放射状に6枚ほどの仕切が有り、しかも前記したように後方部が下がっているため、完全に抜けきれる構造をしている。また、ディップスティック(油量を計るヤツ)は、ほぼ完全に下まで付くので、オイルの質や沈殿物の点検には有効であろう。油量警告灯のセンサーも後方部一番下に位置しており、警告灯が点いたらほぼ空と言うことになる。と言う事は前回の”オイルをつぎ足しながらであれば帰れる..”というのはあまり有効で無いかもしれない。そんな、ほとんどオイルが入っていない状態で走ったら、最悪エンジンが焼き付いてしまうからだ。

 また、クランクルーム内の表面はとてもなめらかだった。私は5,000kmぐらい前にオイル添加剤(SX6000)を入れていたため、その効能が利いているのだろうと思った。(ただし、バイクのミッション内と比べての話。あまり当てにならないかも^^;)

 ここでオイルパンをはずすためにジャッキアップした訳だが、左右を持ち上げる必要があった。しかしこのとき左右両方を同時に上げたら、なんと車体が横に傾いてしまった。つまりジャッキアップするとサスの構造によって少し前後左右に移動してしまうが、それが片方づつだと問題なく上げられる(3輪は接地しているから)が、2輪同時に上げると、ダメらしい。この時は田中の知恵で、コンクリートブロックをジャッキ横に挟んで置いたので、すぐやり直す事が出来た が、もし下に潜っていたら..(@O@/)

 整備は慎重に行った方がいいようです。(^_^;)

 ちなみにその後”馬”と呼ばれる、三脚の支えを買ってきて、ジャッキアップしたら、高く上げすぎてまたしても横に倒れてしまい、ジャッキが曲がってしまった(;_;)。あれは車の下に入れて上げる、スタンドにある赤いジャッキで上げなくてはいけないようですね。だれかジャッキ余ってませんかあー。 (^^;

 小峰さんの知り合いの自動車整備工場に持っていくと、オイルパンを見て渋い顔をし、

「やってみるけど、全然期待しないで待っててね。」

とのこと。

 こんな無謀なお願いをしているので、「凄く暇なときで結構なので、お願いします。」と申し訳なさそうに私は言った。しかし心の中では『FBMには間にあってもらわんといけないから、本当は早くして!って言いたいんだけどな』などと思っていたりもする。(^^;

 翌週の10/22、電話を入れた。まだできあがっていないそうだ。やっぱりアルミ溶接は大変だし、なによりプライオリティの低い仕事だ。しかもそれでもいいと言っている。(そのかわり安く..とも言ったような^^;)

 来週はFBMだ。自分のくるまで行くことが楽しみでいるのにこんなことになるなんて。どきどきしながらさらに待つことになった。

そして水曜日。電話があった。

「終わったって。」

と静かな口調の田中。

「それで成功したの?失敗したの?」

「どっちだと思う?」

私は田中の静かな口調から、『やっぱりだめだったか..』と感じ、

「やっぱりアルミ溶接って難しいんだよねえー。」

などと言って自分を慰めていると、

「OKだったんだってサ!」

との明るい返事。なんだこの野郎!もったいぶらせやがって!でも良かった!あとは土曜日に行って取り付ければFBMに行ける!

 10/29(土曜日)の朝、6時に飛びおき、急行浅間(だったような)に乗り、一路高崎へ。座り心地や現代人の体の大きさなど少しも考えていないとしか 思えない窮屈で堅いシートに腰を降ろすと、30分ぐらいで腰痛が走った。しかも隣のおじさんの貧乏揺すり攻撃付きだった。くるまのシートをあれだけいいものに創れるヨーロッパの鉄道もこんなのだろうか。たぶん違うと思う。これは想像でしか無いけれども、普通車両といえども、椅子が悪くては、快適な旅ができない。そのような椅子を許しておくとはとても思えない。日本の電車の普通車両も改良してもらいたいと思う私であった。

 さっそく田中のマミーカー、びびおに乗って自動車修理工場へ。余談だが、最近の軽は速い。エンジンはDOHC-16V-4気筒で、モーターのように回る エンジンは8,000rpmがリミット。ABS,AirBag,サイドドアインパクトビームまで付いている。しかもそのABSがきちんと動作する。次は軽でも買おうかな..

工場に付くと、オイルパンが無造作に転がっていた。予想外にたくさんの溶接跡があったが、

「溶接中にアルミが縮むために、さらにヒビが広がっていくんだ。」

そうだ。そして全体も縮まっているから、一応出来てはいるけど、もしかしたら付かないかもしれない。とも言われた。何度もお礼を言って帰ろうとしたとき、

「ガスケットはどうするんだ」

と言われた。

「買うつもりです」

と答えると、

「強力すぎてメーカが使わなくなった液状ガスケットが余っている。よかったらもって行け。」

とのこと。

 ううう。(;_;)無理言った上にガスケットまでタダでくれるとは.. どうもありがとうございました。m(_ _)m

 今、国産ではほとんどアルミなど使っていないとのこと(実際初めてだと言っていた)。だがエンジンが軽いことはスポーツカーとして求められる条件の一つと言っても決して言い過ぎではないだろう。『くるまはカタログスペックじゃないな』とつくづく思いました。(新型カルタスはオールアルミらしいけど)

  さて次回はいよいよ取り付け!FBMは明日だ!急げー!(^o^/)

TS [ With Peugeot 309GTI * AT-Clone * From Yokohama-city ]

1996/10/15改訂
 

オイルパン「ダー」その8

 さあさあ、あとはオイルパンをくっ付けてオイルを入れてFBMに行くだけだ!楽勝だぞうー!

 楽天主義すぎる私であった..(;_;)

 さて取り付け作業である。要領は分かっている。ジャッキアップも用心し、一番作業をしやすいように環境を整えた。天気もいい。(^^/)

ところがオイルパンをあてがって見ると、なんと横幅にして2mmぐらい縮まっているではないか!しかしパンの厚さ自体は1cm以上あるので、

「これくらいは誤差だな、フランス車だし。」

と田中は言った。最後の言葉は余計だと思ったが、私も誤差だと思った。液状ガスケットを多めに塗れば大丈夫だろう。

 そこで液状ガスケットを塗りにかかった。ところがこれが難しい。一定にチューブから絞り出されればいいのだが、人間の手でやっているためそうはいかな い。多いところがあったり少ないところがあったりする真っ黒い絵の具のちょっと堅くなったヤツみたいなのをのばして塗り広げた。意外に時間がかかる作業 だった。

 さあ、次はいよいよ取り付けだ。寝転がって上を向いての取り付けとなる。はずす時はたたいたら落ちてきたが、やはり取り付けは難しかった。しかも液状ガスケットがたっぷり付いている。だがなんとか苦労しつつもはめ込んだ。手をゆっくり離して見ると、落ちてこないようだった。強力なのかなあと思った瞬間、 落っこちてきた!「ゲ!」勿論落ちてくることも予想していたのでキャッチしたが、ガスケットはちょっと取れてしまったようだった。

 しかもそれをもう一回繰り返してしまった。(^^;)しょうがないのでもう一度塗り足した。そしてもう一度チャレンジ。今度は押さえつけたままネジを4本ばかりはめ込んでから手を離した。そしてまた20本以上のネジを手で回す。この時感じたのは、ラチェットの出来具合によって、時間(=疲労)が全然違う事。私のはディスカウントで1,000yenで買った安物だったが、小峰さんのはKTC製の凄く良いヤツだった。勿論後者の方が100万倍ぐらい疲れなかったのは言うまでもない。(^_^;)

 とは言うものの、やはり疲れた。寝転がって腕を上に向けて手の入りにくいネジを20本も回す。しかもオイルパンのネジは凄く長い。交代交代で1時間ぐらいだろうか。かなり重労働であった。

 さて3週間もくるまを放ったらかしにしておくと、いわゆる”オイルが下がった(落ちた?)”という状態になり、クランクには以前のようにオイルの湿り気はない。しかもオイルパンをはずしたまま(カバーはしていたが)空気にさらされていた訳で、ゴミが入っているといやなのでフラッシングオイルというものを試してみようということになった。

 透明に近く粘度の少ないフラッシングオイルを入れ3週間ぶりにエンジンをかけた。

 「キョキョキョ、グオーン!カラカラカラカラカラカラ..」

 何事も無かったようにかかった。これもオイル添加剤のおかげだろうと自分を納得させた(たぶん傷も付きにくいのだろう。)。

 しばらくアイドリングを行った後、フラッシングオイルを抜いた。出てきたオイルは予想に反して、ほとんど汚れていなかった。3週間でオイルが下がっていたのと、オイルパンの内側をすっかり綺麗に洗ったからだろう。

 それからずっとくるまに積んであった AGIP の 10W-40 を流入した。本当は 5W-50 が入れたいとこだが、いかんせんお金がない(しつこいなあ^^;)ので今回は10W-40で我慢することにした。(実はその後、5W-50だと油圧が下がってダメだという事を知るのだが...AGIP自体も合わないプジョーもある)

 そして始動。「グオーン!」

 久しぶりに聞くプジョーの音は少しうるさいようだ。そういえばマフラー擦ったっけなあー。その音と真っ黒に汚れたプジョーを見ていたら、あの林道での出来事を思い出してきた。『よくもまあ、こんなちっぽけなくるまで行って来たものだ。』そして今見ている真っ青ですごく明るい空からは想像もできないような、真っ黒の空の事も。自然は一見やさしいようだが、なめていると痛い目に逢う。こんな体験でもこれからの私自身の自然との接し方に変化があるだろう事を考えると、安い授業料だったのではないか。いくら小さい頃に山奥で育ったからといえども、地球はあまりにも大きい。そしてあまりにも奥深い。それを理解しよういう好奇心を捨ててはならず、いやむしろ積極的に挑み、共存して行かなければならない、と心に誓った。

 あとはもう”にこにこ状態”である.(^_^)

 片づけを済ませ、飯などを食いに行き、後で山に温泉に行こうということになった。<懲りないヤツ。(^^;

 だがしかし。安心していたプジョーが止まっていた跡を見ると..なんとオイルのシミが!(@O@/)

 もうすでに暗くなっていたが、数分止めて2,3滴はこぼれているようだ。いろいろ理由を考えてみた。オイルパンの縮みは口の径自体もそうであるが、上下にも大きく歪んでいたのではないか。液状ガスケットを付けすぎたのでは ないか。一度付けたのにまたはずして塗りなおしたのがいけなかったのではないか。 やはり傷口は完全には直りきっていなかったのではないか。

 考えればきりがなかったが、小峰さんに相談したところ、

 「ネジの締め方が足りないのだろう。対角線状に何度も何度も閉めなくてはだめだ。それに液状ガスケットも付けすぎだ。明日もう一度絞め直せばいいだろう。」

 私はそれで直ることを祈った。が、今日はもう日が落ちているので、悩んでもしょうがないので、小峰さんのチェロキーで温泉に行くことにした。目的地は”尻焼温泉”R405から少し入った、まさにプジョーがゲロした所の近くであった.......(^^;;;

 チェロキーというくるまに初めて乗ったのだが、いやはや”大味”だった。まさにトルクで乗るくるま、2,000rpmなど滅多に回らないが、グイグイ感じるトルクで回転など少しも気にする必要がない。まさにイージードライブである。時計が無いのが唯一の驚きであったが、アメリカの田舎では時計なんていらないような生活なのかなあーなどと、とても本当とは思えないようなことを想像していた私であった。余談だが小峰さんは元ラリーストだけあって、コーナでは ハンドリングが楽しくないと漏らしていた。この方も仕事の関係上、RVカー(ですよね?チェロキーって)に乗っているとの事だった。何処でも行けるたのもしいヤツである。でもマイナーなトラブルもたくさんあるようで、それがなぜか楽しそうだと思ういけない私だった。(^^;;;

 尻焼温泉は凄かった。タダの川であるが、人が30人は軽く入っている。真っ暗なのだがキャキャーという黄色い声が聞こえる。しかも酔っぱらいだ。『おお!これは!』と思いかなり期待しつつも川に近づいて行くと...”心だけ20才”のおばさん達だった。(^-^;)

暗くて良く見えないのが救いだった。(^-^;;;;;;;

 だがその温泉は、露天風呂ではない。自然がそのままであった。温度の調節なんて勿論ないので、冷たくなってしまったら移動して暖かい所を探さなくてはならない。しかも真っ暗な中で、岩がごつごつしている中をだ。そしてなにより凄いのは、上を見ると、しばらく見たことがなかった、人工的な明かりが全くない秋の澄み切った夜空に、どんな人工的なプラネタリウムよりも綺麗な、一年の内で一番たくさん輝く星達の姿があった。どんなに見上げても見飽きることのない星空を眺めながら、3週間前にこの近くで起こった悲劇などすっかり忘れて、気持ちのいい温泉に1時間ぐらい浸っていた。これでギャルがいればなあー。 (^.^;)

  のんきに温泉に浸かる私。明日はFBMだというのにオイルもれが起こっているんだぞ!

TS [ With Peugeot 309GTI * 星空鑑賞風呂推進委員 * From Yokohama-city ]

1996/10/15改訂
 

オイルパン「ダー」その9

 さあいよいよ最終回。無事FBMに行けて感動のフィナーレとなるか!

 満点の星空を望む秘境の温泉に浸かり、すっかりいい気分になって帰ってきた私たちであった。

 オイルパンは明日軽く見てみれば大丈夫だろう。またもやビールをせがむ私に、今回は快く付き合う田中。なんてったって祝杯だ。だが、お金がないことをすっかり忘れているような気がする。どうも(カードで入れる)ガソリンと(奢りの)酒はただと思っている節がある。この性格は直さなくては。(^^;

 次の朝、オイルパンを覗いてみると、ナンと結構ひどいではないか。4方向すべてからたくさんのオイルの線が走っている。とりあえず増し締めすることにした。改めて回してみると、一度締めた所と言えど、他の所を締めると、またさらに締まるということが分かった。タイヤホイールなんかも、一番最初に締めたボルトは最後にまた締まる。それが、オイルパンの場合20本近くのネジがあるため、タイヤホイールよりもっと締まる。はっきり言って、最初に締めた時と同じぐらい時間がかかった。そしてその後すこし走り回ったが、まだ少し漏れている。

 この、たぶんガスケット部分から漏れているが、はっきり分からないオイル漏れ状態のまま、FBM会場である車山まで行けるだろうか。もう時刻は10時になろうとしていた。このまま行ってもほんの少ししかおじゃまできない。無理して行って途中でまたオイルが「ダー」してしまうかもしれない。そうだ。何よりも私にはお金がなかった。もうけん引してくるだけの財力はないのだ。(;_;)

 しかも明日は月曜日。我々サラリーマンは休むわけにはいかない。しかもこういう時に限って仕事が忙しい。”貧乏暇無し”とは良く言ったものである。

 おそるべし!ことわざ!(マーフィーの法則って、要はただの現代版ことわざですよね?)

 (;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)

 涙涙。今年はあきらめるしかない。たぶんFBMに行くのと同じぐらい楽しい(?!)事を経験できたのだから、そんなに楽しんでいてはばちが当たると言う ものだ。FBMったって今年が最後の訳じゃないし、来年がまたあるさ。一年なんてあっと言う間に過ぎてしまうんだ。大丈夫さ。

 どんな慰めの言葉を自分自身で考えても、雲一つない超晴天の青空を見上げると悔しさがこみ上げてくる。

 高崎市内のスタンドで、ほとんど空になっていたガソリンタンクを満タンにすると、そのスタンドではなんとじゃがいもをくれた。しかもバケツに山盛りのじゃがいもをバケツ付きでくれるという。不思議そうな顔をしている私に、

 窓からバケツを手渡そうとする店員さん。プジョーは広いからいいけど、これがMGとかだったら何処に置くんじゃい!ちなみに小峰さんはMG-Bも持っている。不動車だけど。

 だが、実はお金のなかった私は、『これで給料日まで芋食って暮らせるな』などと考えており、実際にやってしまったのであった。(^^;;;

 高崎の出光さん、ありがとう!おかげさまで私は無事に生きてます!!!

 その後、無事東京及び横浜に帰り着くことができ、のちにもう一度増し締めを行い、今は一ヶ月に一滴もこぼれないぐらいだ。無論オーバヒートなんていうこともない。まあ、にじんでいるぐらいは最初からそうだと思えば大したことないだろう。(^_^)

 そしてあれから5,000kmちょっと走破したが、オイルは以前と比べて綺麗で、しかも粘りがかなり残っている。気温のせいもあるだろうが、フラッシングが効果を現しているのだろうと思う。

 最後にかかった費用一覧を載せます。

 

名称

値段

コメント

1

パスタ(de cecco No11 spagettini)

385 yen

これがウマい!当時、横浜の有限会社でしか輸入してなくてあまり出回ってなかった。しかも高価でした。

2

スパゲッティ用めんたいこ

300 yen

生タイプというやつ。シンプルだけど旨い。

3

est!est!!est!!!1993

400 yen (*1)

イタリア料理にあうイタリア白ワイン。安いのが特徴。

4

Labatt's Brue *6

1,020 yen

当時は高崎のラブ君で安く売っていた。僕が市販ビールでもっとも旨いと思うカナダのラガービール。ポッカが扱っているが阪神大震災以降扱わなくなったらしい。明治屋に行くと輸入ものを売っている。

5

ヒッチハイクお礼

1,000 yen

ありがとう。

6

缶コーヒー

110 yen

長野原駅は寒かった

7

JR(長野原駅-井野駅)

2,100 yen (*2)

8:30発、最終鈍行

8

トラックレンタル代 

5,150 yen

定価 17,000yen 也

9

トラック軽油

1,588 yen

軽油は安いねー

10

レンタカー様へお菓子

1,030 yen

小峰さんの元ラリー仲間

11

JR(井野-山の手線内)

3,700 yen (*2)

急行浅間 

12

ガス代318i(東京-高崎)

2,000 yen

田中の86年モデル

13

オイルパン溶接代 

10,000 yen

苦労したみたいです

14

ソケットレンチ(KTC:11)

780 yen

11なんて使うなよう

15

AGIP 10W-30(1L) 

1,380 yen

1.9Lプジョーは5Lも入る。全部ぬいたときは6Lほど。僕の309GTIには平気だったけど、AGIP入れると油圧が下がるという方もおります。

16

フラッシングオイル 

980 yen

効果抜群!お勧め

17

オイル受けたらい 

380 yen

普通のたらい

18

S焼温泉でのコーンポタージュ

110 yen

温泉はタダ。川だし

19

小峰さんへお礼

10,000 yen

苦労かけっぱなしでした。

20

ガス代(PEUGEOT 309GTI)

8,228 yen

燃費は 9.43km/l

 

合計

49,641 yen

 

 (*1)通常のest!est!!est!!!はもっと高くてウマイ。誤解なきよう。(1,000yenぐらい)

 (*2)二人分です。

 無論、2人で行ったから、一人当たり約25,000yenということになる。普通に修理していたら、JAF・レンタカー・部品・工賃入れて、10万円は遥かに越えて15万円ぐらいかかっただろうか。

 長い間、駄文に付き合ってくださいました方々、ありがとうございました。m(_ _)m

 文章の才能などない私ですが、精いっぱい自分の心の中を描写したつもりであります。FICARネタだけではなく、 FTABI,FPASTA,FENV,FSPA,FBOUKEN...と数々の脱線をしてしまいましたが、仏車に乗ってから、ますますその趣味の領域が広がってしまったためだなと感じております。

 これもひとゆえに FICAR の皆様のおかげだと思っています。(^^/)

 ご意見ご感想ご叱咤などございましたら、メールかご意見板(準備中)に書き込んでいただければ幸いです。

 「来年は絶対にFBMに行くぞおーーーーーーーーーーー!(^O^/)」

 ということでみなさん、今後ともよろしくー!

 p.s.今回の登場人物の一人であり、彼の相棒でもある田中の'86 BMW 318iが、先日13万キロという距離を大きなトラブル(小さなトラブルは星の数より多かったような気がするが)に見回れる事もなく走りきった後、天に召されて行きました。(;_;) とても13万キロとは思えない綺麗な車体は、実家にて実寸大プラモデルとなるようです。

 ATトラブルとのことで新しく買った方が早いとのことでした。MTならばと後悔しきりです。BMWの信頼性ならば、20万キロは堅いでしょう。さあ次は 獅子か?と言ったら、「次は320i。」だと。なんでBMW乗りはこうなんだよおー。MTが良いって言ってたくせにいー。

TS [ With Peugeot 309GTI * 仏製獅子推進委員 * From Yokohama-city ]

1999/2/9改訂

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