たりぃさんの山旅

山旅を愛するたりぃさんが超軽量の道具とITガジェットを使って奥深い山域を旅します。

飯豊山修験道Day2 究極の修験道を経て飯豊山神社へ

飯豊山登山のハイライト動画を作りました!

タイトルは「Play god!」神に近づき神のように振る舞う!

 一日目のブログは下記からどうぞ。

前日はなんとか切合小屋キャンプ場に滑り込みBBQをしました。

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さて、一日目の夜中は、ずっと大雨が続いたが、案外快適に眠れたツェルトを出ると小雨で、すでに出発したグループが半分ぐらいだった。
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朝食はメスティンで炊飯!なんと、諸般の事情により山の上で初の炊飯です。まあ普通の飯盒は昔やった事があるし、なんとかなるべ、と思ってました。

メスティンって何?という方は、以下の記事を参照ください。

しかしながら、前日の楽しいBBQで燃料を使いすぎ、アルコールが30ml弱と固形燃料が二つしか残っていなかった。そして、メスティンとの相性が良いという噂のエスビットの固形燃料に着火を試みるも、なかなか火がつかない。防水マッチは、点火剤部分は着火するけど、本体部分が濡れていると所詮火がつかないことを知った。普通のマッチの方が木は燃えるが着火は難しい。ターボガスライターは何故かつかないと息子が言っているので、私のアルコールバーナーを着火。これは液体で気化したアルコールへの着火なので防水マッチでもすぐに着火できた。しかし、30mlに満たない量であったため、10分も持たずに鎮火。蓋を開けてみたら、予想通り、ほぼ米。試しに食べてみるも、噛み切ることも出来ない硬さ。まいったな。

仕方ないので再度ガスターボライターを見てみると、出力つまみが最大になってしまっている。プラスにするとつきやすくなると勘違いした息子が回したようだ。これでは勢いあり過ぎて小雨の時はつきにくい。マイナス方向に調整していざ着火!ボッと着きました。そして残り2個の固形燃料のうちの一つを点火。追加加熱して無事にご飯になりました。後半5分でお湯も少し沸かし、アマノフーズのナスの味噌汁をつくっていただきます!

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炊きたてのご飯としょっぱめの味噌汁だけでこんなに美味しいなんてねえ。久しぶりでした。あっという間にペロりんちょ。

しかし、硬めだったのは、浸水時間が5分ぐらいだったことに原因がありそうです。雨が降っていたから急ぎたくて、浸水しなくても炊けるよね無洗米だし、と勝手にいい方向に過信してしまったのが原因だったようです。次は30分ぐらいは浸透させて、美味しく炊き上げます!起きたらまずは水を入れる!備忘録として書いておきます。

もう、だいぶガラガラになった濃霧のキャンプ場を後にして7:45に切合小屋を出発。

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本当はここからの稜線歩きは絶景のはずなのですが、残念ながらご覧の通り今日はガスっていて、全く風景も山容もわかりません。

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程なくして巨大な雪渓が立ちはだかる。今年は雪が多いと聞いていたが、想像よりもはるかに多い。雪渓歩きはなんとか軽アイゼンなして行けるが、何度も何度もやってきて寒くなってくる。さすがに半パントレランスタイルの僕は寒い。
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ガスがものすごく、道迷いしないように細心の注意を払う。目印はほぼない。人が歩いた土の着いた足跡が頼り。下りは特に大変だろう。
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上が全く見えない。どこまで続くのか、どこから脇道に入るのか。下ってくる人の情報が頼り。三点支持ができるわけもなく、アイゼンなしでの一点支持歩行。精神的に大変疲れる。この途中で立ち止まるのもかなり危険だが、たまにGPSで位置を確認したほうが良いと思うが、今回は3連休のため多くの人と定期的にすれ違ったので使わずに済んだ。

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雪渓歩きが終わると、高山植物が咲き乱れる稜線もあるはずだけれども、今回は視界不良で全く眺望なし。

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高山植物も、ガスの中では映えない。f:id:tullysuzuki:20190719203915j:image

まもなく修験道のハイライトである御秘所に到着。息子が覗き込む先は垂直に切れ落ちた崖であるが、今日は霧で下は見えない。でも遥かに下の方で滝の音がする。そして霧が猛烈な勢いで吹き上がってきている。もちろん、鎖も柵も危険の看板も何もない。自分で危険を感じて対応することが100%求められる。どこまで近づいたら命の危険があるのかを自ら測る息子。私は危ないよ、とは言わない。自分で判断しろよ。それしか言わなかった。

このような経験はお金を払ってもなかなかできることではない。でも、この経験は脳裏に焼きつくだろう。そしていつの日かその経験を生かして直面するリスクを瞬時に判断して筋肉を誰よりも速く正確に動かすための基礎になる。リスク管理能力は、リスクを好み、リスクに対峙したものだけが多くを得ることが出来るのだ。「安全な街」で暮らす人々は、この本来人間が持っている動物的リスク管理能力を得る機会が皆無であるのだ。歩きながらスマホをしていても安全な街の民は、堕落の一途をたどっている。みんな、これが陰謀により堕落させられている事を知っていてやってるのかな?あらゆる意味で戦闘能力がサイテーな人ばかりになってしまっている。いま、敵国が攻めてきたらどうやって戦う?僕には晩年の西ローマ帝国へゲルマンが侵入した時の光景が目に浮かぶようだよ。だから息子を飯豊山修験道に連れてきたかった。本当に全身全霊をこめて頭脳を使うという事を体験させたかったのだ。

閑話休題

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さて、どのルートだと登れるんだろう、という岩壁が出現。
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足を大きく持ち上げて不安定な2点支持でよじ登るしかない岩場。もちろん鎖はない。
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御秘所1番のハイライトの壁。右側は鋭角に切れ落ちて足場なし。真ん中は鎖があれど右側に岩が傾いているため、体重が持っていかれて恐怖心が半端ない。左側はわずか数センチの足場しかなく、万が一踏み外したら、そのツルツルの岩を滑り落ちた先にある崖に一直線で、何も引っかかるものがない。息子は真ん中で登り始め、左側を使って行く選択でクリア。おそらくここしか選択の余地がない。高所恐怖症の私には、生まれてこの方、1番の怖い道だった。
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御秘所を超えると残雪が随所に残る美しい稜線の尾根道のはずだけれども、今回は何も見えない。期待していた事もあり、テンションが上がらず、走る気分にもなれなかった。ひたすらガシガシ歩く。
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やっと本山小屋に到着!時間は9:09。でもご覧の通り、風も強くて寒すぎる山頂。

神社に一礼し、娘の合格祈願のためお札を買って、本山小屋にてカップラーメンのお湯だけもらって速攻で食べて即退散開始。
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下りはガスがますます多くなってきていて相変わらず怖い道のりだった。下りの方が下が見えて怖いはずだけど、ガスっているおかげであまり見えない。道と足の置き場がわかっているので、登りより恐怖心は少ない。しかし、下るテクニックは登りよりも必要。
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御秘所は行きに来た岩場だけども、やはり下りも怖い。慎重に。でもバランスよく、テンポよく。

山頂の出発が9:24。本当は稜線の素晴らしい景色の中を走ったり、写真を撮りまくったり、高山植物を撮りまくったりして一日を過ごす予定だったけれども、天気予報は悪くなる一方の予報で、テント場に帰っても、濡れたテントに潜るしかない。さらに、あったまるのに必要な固形燃料が残り一つだから、二食のうちどちらかは行動食になる。

避難小屋に駆け込んでお湯を買うか。。それも考えたけれども、皆同じことを考えているから、避難小屋は激混みが予想される。昨日でさえ、荷物の上に折り重なって寝たと言っていた人が沢山いた。今夜の混み具合は容易に予想が出来た。

息子にも相談して一致した答えは、よし!下ろう!すぐに下山すればギリギリ14:45のバスに間に合う。そしてあったかい温泉に行こう!

切合小屋キャンプ場に戻る。11:29。手早くツエルトをたたみ、12分で出発。ツエルトはストック2本を外したらくるくる丸めるだけで収納できてしまうから本当に撤収が楽で速い。快適すぎてもうテント生活に戻る事は無いと思う。それにすでにダブルウオールのテントは売却してしまった。

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切合小屋から三国小屋へ向かうトラバース路で、ふと一瞬ガスが消えた!そして山形県側の風景が一望にできた。こんなにも山深い風景だったなんて。ちょっと感動。飯豊連峰の奥深さが垣間見える。これが、5秒後にはまたガスで覆われてしまった。なんという雲の速さ。驚いている場合ではない、すぐにSONY RX0をポケットから取り出して約3秒後にカメラに収める事に成功。そうしている間にも天候は刻一刻と変わっていて、小雨が降り始めていた。少し急ぐ必要があるかもしれない。

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またしても一瞬雲が過ぎ去り、渓谷が姿を現す。実に長い渓谷だ。今度は晴れている時に是非また拝見したいものだ。

三国小屋に12:41に到着。コースタイム2時間のところを約1時間で来た。バスまで2時間。ギリギリ間に合うか。剣が峰に突入する。

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岩だらけで、どこを通って登ったのか覚えていない道のり。下りももちろんわからない。しかも小雨が降ってきたからか、つるつる滑る。この画像は登りの時に息子が撮ったもの。下りは撮影している暇も度胸もなかった。
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このような両脇切れ落ちて、つるつる滑り、一点支持の足の置き場もどこにするか迷うような道が1時間あまり続く。剣が峰の下りが今回の間違いないハイライトであった。当然、バスの時刻よりも、安全に帰る事を優先して速度を落とし、滑落することを避ける事に重点を置いた。そんな中、後ろから世間話をしながら追いついてきた老夫婦にあっさり追い抜かれた。天狗様か?!見た目、登山経験があるとは言えない装備の老夫婦。しかし地元の人だろうか、サクサクと滑らずに足早に下って行った。しかし、まったくついて行ける気がしなかった。とにかく滑る赤い岩肌。谷川岳の西黒尾根の岩場も相当滑るけれども、同じぐらい滑る道が延々と続く。もう、いやです、はい。さすがにドMで100kmレースとかにも出ている私でも、ここは本当にきつかった。息子もきついはずだが、僕よりも速く下って先導し、根も上げなかった。ずいぶんと成長したもんだ。じわっと少し涙が出たのは内緒にしておこう。
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剣が峰を抜けると十五里に出た。もう赤岩の岩場はない。登るときは辛かったけど、剣が峰に比べると東京ディズニーランドを彷徨っているぐらいのレベルに感じる。でも、神経すり減らしていたからゆっくり確実に下りました。

登山口のある大澤キャンプ場に着いたのは15:25。剣が峰が怖すぎて全くバス時間に間に合わなかったのですが、安全に無事下山できてほっとしました。山都タクシーさんを呼ぶと50分待ちとの事。そんなに遠いんだね。携帯の電波もろくに入らないぐらい山奥なんだよね、ここ。ほんとうに僕らはすごいところに来ちゃったなあ。

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山都タクシーさんに迎えに来てもらい、山都駅まで向かう道すがら、私のビールを買うために立ち寄ってもらったファミリーマートは、山都町(今は喜多方市に吸収合併)唯一のコンビニ。このような田んぼの真ん中にあります。

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これはコンビニから見える、阿賀川新潟県に入ると阿賀野川)に注ぐ直前の只見川にかかる、ガンダムのようなオレンジ色のかっこ良すぎる橋。このコントラストは素晴らしすぎてしばし心を奪われました。なんというセンスの良さ!
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2時間半も待った後に磐越西線が来ました。汗で濡れた服を乾かしながらビールを2本頂いて、ちょうど良い時間でした。味があるを通り越してしまっているが、錆と列車の模様がやたらマッチしているディーゼル車、キハ40系です。2020年の春にはキハ40系で運用される列車すべてが新型車両や、キハ110系に変わる予定だそうで、最後の雄姿を見ることができて大変うれしいです。くるまは直線基調の曲線ありが好きだけれども、気動車も同じなんですよね。ああ、実に名残惜しいよ。この車両デザインが一番好きかもしれないな。
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一日三本しかバスが来ない駅前。そして駅前には何もお店がない。NEWDAYSさえもない。いったいJRは何を考えて駅を作ったのだろうか。ちゃんと地域発展にも貢献しなきゃ。お役所仕事じゃダメだという事だよ。 

山都町は高齢化が進んでいて、数年前に喜多方市と合併しました。そして東日本大震災と豪雨被害に遭い、川入には2年間人が入れなかった事もあり、経済的にも追い詰められた民宿は1軒のみとなってしまい、定期バスは廃止されてしまいました。今、産業といえば、会津葵の栽培と、蕎麦屋ぐらいしかありません。

つまり、一次産業と三次産業の一部しかなく、若者が働く場所や集う場所は何もないのです。どうやって持続可能な産業を福島にもたらせばいいのか。どうやって若者が集う場所ができるのか。どうやって高齢化した市民が満足に生活する足を確保するのか。これらは全て喫緊の課題なのです。限界集落という言葉が頭の中を駆け巡ります。ここばかりではありません。私の生まれ故郷の山形でもそういう集落は増えてきています。私の実家は駅から徒歩圏内だからまだ良いですが、そうでないところは、もう、車が無いと生活が成り立ちません。日本全国、モータリゼーションの恩恵を受けたはずの市町村は、もうすぐ立ち行かなくなってしまうのです。なんのための戦後のモータリゼーションだったのでしょうか。日本の基幹産業としてもてはやされ優遇されてきたのに、どうして生活や文化に根付けなかったのでしょうか。車の文化、考えたことありますか?乗れればいいだけではダメなのです。燃費が良くて壊れないのが良い車ではないのです。そういう儲け主義のメーカーの新しいくるまを買い替え続けてもあなたの町は豊かにはならないのです。

山都タクシーの運転手は町外から移住してきたそうで、上記の地域の実情を約1時間の道すがら、いろいろ教えてくれました。バスを乗り過ごしたおかげでたくさんの事を教えてもらえて感謝です。それでいて料金は7,000円固定料金でした。こんなにいろいろ回ってもらって安すぎます。もう少し時間が早ければ、まだ開いているおいしいお蕎麦屋さんに立ち寄ってくれたそうです。今度はこのタクシーを予約して行っても良いぐらい。超おススメです!

私は今、半分会津若松で働いています。会津若松市と共に、この地をICTで世界に発信する街にするんだという意気込みの元で活動しています。復興しようという機運がある街だからこそ前向きに取り組む空気がある。これは後ろ向きで後追いな事が多い地方自治体の中では画期的な事です。会津に住んだのは初めてだが、さっそく心を奪われてしまった。私は生まれ故郷の山形や、仕事をした新潟が最高だと思って生きてきた。でも会津はすごいんです。衣食住がそろっていて、楽しく働く場所までできたのです。山もある。これ以上何が必要ですか?

山都町は、会津盆地の中では相当北の外れの方にあり、もやは盆地から外れているとも言えるが同じ会津会津若松市から始まるICT革命が山都町にも波及して、少しでも幸せな生活が送れるようになることを願い、明日からまたがんばって働きたいと心に誓いました。そして、上記のような地域の現状に覚える怒りをバネに、いろんなことを試していきたいと思います。まだ誰も見たことがない世界を実現するんだ。

会津若松市の最先端ICTビルの紹介はこちら。